浄泉爺のブログ

浄泉爺の考え事を記録します(研究のこと、仏教のこと、教育のこと、ドローンとか)

自動比率調整の不思議

世の中には不思議なことが沢山あります。私たちが普段下等と思っている生き物についてもわからない事ばかりです。今回は、私の研究について書いてみようと思います。

 

とはいっても、3年前に一般向けとして書いたものがあるので、それを見てもらいましょう(笑)中の人がえらそうに写っているが、これは広報なので仕方ない。

www.musashino-u.ac.jp

 

背景を追記しておきます。 

 

社会性昆虫の不思議

アリやハチは社会性昆虫と呼ばれ、それぞれの個体が役割分担を行って生活をしている事は有名です。中でもアリについては、働き蟻という役割があって、その中には一定数いつも働かない怠け者のアリがいることはメディアでもよく取り上げられます。数年前には以下の本が流行りました。

 

働かないアリに意義がある (中経の文庫)

働かないアリに意義がある (中経の文庫)

 

 

人には色々な感情がありますが、自分がしっかり会社等で存在感をもって働いているという実感がある人は少ないように思います。そういう意味で、自分の存在を働かないアリに重ねて、自分には意義があると感じると言った自虐的な発言も多くありました。実は、このアリの話は20年近く前にも流行ったことがあります。恐らく、また近い将来流行るのだろうと想像しています。こういう下等と思われる生物の生態や性質に興味を持つのは、子供の頃によく読むことになるファーブル昆虫記などが根底にあるのかななどとも思いますが、擬人化によって一般にブレイクすることが周期的に繰り返されると言った、また違った現象も生み出しています。ちなみに、上で紹介した本は、何故働かないアリが必要なのかといった疑問にこたえてくれます。

 

さて、その働くアリと働かないアリですが、その数の比率がほぼ一定である事が知られています。どういうことかというと、例えば働きアリが10000匹いたとすると約8000匹がよく働くアリで、約2000匹はあまり働かないアリであると言った具合。これが、例えば働き蟻が5000匹の場合には、4000匹がよく働くアリで、1000匹があまり働かない等。つまり、比率が、例えば、

 

働くアリ:働かないアリ = 8:2

 

といった風にいつもほぼ一定という事が知られています。さらに不思議なのは、この比率がとてもロバスト(頑強)であるということ。例えば、先の10000匹のアリの集団から、働かないアリのみを取りだして、働かないアリの集団1000匹を作ったとします。1000匹のあまり働かないアリを観察できそうです。しかし、彼らはそのようにはならず、なんと800匹が働かないという状態を破棄して、よく働くアリにかわるのです。結果として、よく働くアリ800匹とあまり働かないアリ200匹となるというのです。(8:2とういう比率は、様々な現象で見られるのでよく注目されます。ここでは、その比率自体には興味はなく、どうやってある比率になるように自動調整するかに興味があります。)

 

不思議さを実感するために次の様な状況を考えてみましょう。

 

広い霧のかかった草原に人が5000人集められました。私はその中の一人です。私たちには表にはA,裏にはBと書かれたゼッケンが持たされ、4000人はA,1000人はBになるようにゼッケンを付けてくださいと指示されました。近くの人は見えますが、近くの人達の状況のみをみて自分でA,Bどちらにするかを決めます。どうやって全体として8:2の比率を実現したらよいだろうか?という問題になります。

 

あなたならどうしますか。人間の知性があればいくつか考えられます。例えば、誰かが大きな声で次のように叫びます。

 

「近くの10人でグループをつくって、その中で8人をA、2人をBにしてください!」

 

10人のグループが500ほどでき、これで全体として8:2の比率が実現されます。さて、アリはそんなことをしているのか?

 

注意:そんなことをしているのかもしれません。ただ、ここではそんなことはできないと仮定した上で、どういった可能性があるかを考えます。

 

自動比率調整の不思議さ

 

このような比率調整はアリやハチといった社会性昆虫だけに見られる事ではありません。例えば、ある種の鳥は集団で生活し、積極的に餌を取りに行く個体と、餌を取りに行かず餌を取ってきた個体から餌をもらう個体の二種があり、その比率がどのグループでもグループの大きさによらずほぼ同じということも報告されています。ネイチャーという有名な科学雑誌がありますが、そのような生物における比率が一定という観察が頻繁に報告されています。さらに、よく良く考えると、我々の体自体も数十兆個もの細胞でできているわけですが、それらの細胞がいろいろな役割を果たす細胞に分化しています。それらの比率も発生の途中段階で正確に決定されているからこそ、多細胞生物としての人間が生きているわけです。そういう意味では、役割分担をうまく調整することは、様々な生物において欠かすことができないメカニズムであると言えるでしょう。

 

このような自動比率調整機構の謎に対して、簡単なモデルを提示し、その機構で自動比率調整が可能であることを示したということを簡単に書いたのが先の内容であって、詳しくは次の論文にまとめています。(一つ目が最終的な論文で、これは有料である為、大学等の研究機関に所属している方でないとみることが難しいでしょう。一方、二つ目は、最終版の一つ手前のもので、プレプリントとして自由に公開して良いとなっているものです。このような仕組みがあるおかげで、多くの人が自分の研究を無料で世界に葉新でき、大学等の研究機関に所属していない人でも、最先端の研究ができる状況になりつつあります。)

 

www.sciencedirect.com

 

arxiv.org

 

個人的にはとても良い研究だと思っているのですが、先日やっと一つ参照が得られたという状況です。参照というのは、その論文を元に新たに論文を書いた人が、その論文に参考文献に載せる事で、サイテーションと言います。その数が多いと言うことは、その論文を元に新たな研究が沢山生み出されたことになり、重要な論文であるという証拠の一つと言えます。そういう意味では、まだサイテーションが一つしか無いので、現状それほど評価されているわけではありません。今後に期待したいところです。