2024-01-01から1年間の記事一覧
○仏法5 人は仏を探すが、人は仏を見る眼をもたぬ。 だが仏は常に私に現在する。 仏は有るか無いか知識で尋ねるのでなく、法として離れて下さらぬのだ。 世の事を疎(おろそ)かにしてよいのではないが、この世の事は来客のようだ。 大切に扱うものだ。 だが…
○仏法4 「所在道場(しょざいどうじょう)」と禅家(ぜんけ)では言わるるが、 仏法(ぶっぽう)は世間を離れてあるのでなく、 世間に法が生きている。 道場が清い山林や伽藍(がらん)にあるのでなく、 塵(ちり)の中で生活するそこに仏法がある。 人は所…
○仏法3 世間は相対界(そうたいかい)じゃ。 差別がある、対立がある。だから分別せねばならぬ。 世間道(せけんどう)である。けれど世間道には限界がある。 塞(ふさ)がれている、有碍道(うげどう)である。 出世間道(しゅっせけんどう)は絶対の界だ。…
○仏法2 五濁(ごじょく)の中に仏と出られて難信(なんしん)の法を説くとは、 何と何と、末法五濁(まっぽうごじょく)に無仏無仏法(むぶつむぶっぽう)の世にこの法が説かれている。 慶雲漸下(けいうんぜんか)三千年の仏教が、ここに極まるのでした。 …
昨日の投稿の後に、ふとAIに聞くとどうなるか?と思い聞いてみた。 大変思慮深いと言うか、さまざまな角度から文章を「解釈」してくれる。今後は、まずは自分で考え、その後にAIの答えをみて、さらに考えると言うスタイルにしよう。Claudeの方が何となく良さ…
刊行にあたってに、以下のような記述がある。 数冊のノートから集められた遺語は一三〇〇余に達しました。いずれも味のある、しかも大切な内容で捨て難いところでしたが、そのうちの七〇五を『如是我聞』のもとにここに収めることにいたしました。もともと題…
初心に戻って、私の爺ちゃん(祖父)、城守の言葉を並べて、少し考えてみたいと思う。以前は、選びながらと思ったが、最初から一つ一つでよいではないか。そうしよう。 ○序 八十五歳の年も暮れに迫って、振り返って見ると漠(ばく)とした越し方だ。 余命い…